『ましろのおと』

『ましろのおと』

感情と音の渦がスゴい!若者の三味線にかける情熱がまぶしい

『ましろのおと』

「不器用な職人気質な天才」という設定の作品は多くありますが、その主人公がイケメンの津軽三味線奏者という点が目を引く『ましろのおと』(羅川真里茂著/講談社・月刊少年マガジン連載)。 国内のマンが賞でも審査の透明性が高いとされる文化庁メディア芸術祭でも優秀賞(グランプリの次点に相当)を獲得[*1]した折り紙つきの質と、音楽を題材にしたエンタティンメント性が魅力の作品です。 アニメ化されておらず本格的なブレイクもこれから!その前に是非チェックし頂きたい1本です。

 

ましろのおと・あらすじ

敬愛する津軽三味線奏者の祖父・松吾郎が鬼籍に入り、理想の音を失った澤村雪(さわむらせつ)は失意のうちに頼る先もなく上京。

夜の繁華街で行き倒れる一歩手前で、タレント志望のユナに助けられ成り行きで彼女との共同生活がはじまった。

ユナの恋人でバンドマンのタケトとも知り合うも、小競り合いになってしまう主人公は河川敷でひとり。高ぶった感情を静めようと、故郷を離れて触れることがなかった三味線を鳴らすのだった。

演奏を再開して以来、精気を取り戻した雪。タケトのライブに飛び入りし、初めて聴衆に三味線を披露すると、音を発するよろこびを実感する。

一方、ユナはタレントとして進退をかけたオーディションに落選、トラブルにも出くわし夢破れて田舎に戻ることに。

恩人である彼女との別れをへて、東京で一人暮らしをはじめる主人公は山野親子、転入先の三味線愛好会の高校生たち、一流奏者の緒方と出会う。

好敵手の田沼とも接点を持ち、刺激された雪は聴衆に向けて演奏する目標が見え・・・

津軽三味線奏者の成長物語!不器用なイケメンが天賦の才を開花

作者が青森出身で三味線の本場らしい描写も多い本作ですが、イケメンで普段は言葉少なな主人公は口を開けばズーズー弁。
標準語を操ろうとしない飾らない人柄にもツボを押されます。

雪は天才肌の典型でも不器用さとムラッ気がある影響で、前進はしてもどうしてか常に大成功の一歩手前。
誰よりも三味線の神様に愛されているはずが、足踏みと迷いを重ねているのです。

次こそは!と読み手が期待したくなる展開で、応援せずにはいられません。

圧倒的な才能を持つ主人公・澤村雪をつくった環境が興味深い

雪が理想にしていた音の源泉は松吾郎の演奏です。
その祖父はどの流派にも属さない全盲の奏者で、生きるために家々の前で演奏し金品を得て、30年かけ楽曲『春暁』を完成した叩き上げ。
玄人に崇拝されても、名声を得ることなく世を去った背景もドラマ性を厚くします。

息子を通して松吾郎の名を残そうとする母の梅子は、やり手実業家で本作屈指の個性派。
彼女と雪に振り回される澤村家長男の若菜は、弟の才能を受け止めつつ、プロ奏者として活動中です。

兄弟の実父が意外な人物で、事実が秘匿されている設定も見落とせません。

見守る大人と仲間の有難さがしみる人間ドラマが熱い!雪をとりまく人々

上京後の雪が、新しい”音”を身に着けると同時に人間的成長をしていくにあたり重要な役割を担った人々を見ていきましょう。

立樹ユナ

あてもなく行き倒れていた雪を助けた本作のヒロインで、彼が三味線の道を進む契機をつくった張本人。
のちに主人公に『ミューズ』にいわしめる重要人物。清らかな関係だからこそ、互いに忘れられない存在に。

山野親子

物語初期、雪の暮らしを支えた下宿先の大家。不器用な主人公を見守る理解者で、彼が壁にぶつかった折は胃袋を満たし元気づけること多々。
娘の桜は、雪に憧れを抱き献身的に三味線に打ち込む彼をサポート。

私立梅学園三味線愛好会のメンバー

雪の演奏への考え方をあらためるきっかけになった面々。
松吾郎作『春暁』と縁があった朱里は、祖父の完全模倣が「絶対」でないと彼の視界を広げる助けに。雪に思いを寄せて三味線を続ける健気な面も。

民謡居酒屋竹の華一座

かつて松吾郎の神業に触れた店主の竹千代は、孫の才を埋もれさせまいと助力。豪傑な梅子と唯一対峙する稀有な存在。従業員で三味線奏者の大河も、雪を独り立ちさせるため心を砕く頼れるアニキ分。

同世代の三味線奏者たち

雪の好敵手として登場した田沼の妹である舞もかなりの弾き手。彼女のほか、独自路線をいく荒川やシュアな演奏が持ち味の梶など若手が刺激し合い、主人公に新しい世界や可能性をもたらすことに。

音声なしの漫画でも圧巻!ましろのおとに見る演奏シーン

感情や音が生み出す渦に一瞬で引き込まれます。演者の呼吸や聴衆の鼓動が聞こえんばかりの臨場感も必見。心象風景やモノローグの挿入も効果的で、読者の心に響く場面が多く配されています。

アニメではないなので、三味線のパフォーマンスは視覚でしか追うことができません。
それでもましろのおとは、各キャラクターの演奏スタイルまで読み手に伝えてくるから驚き!いつの間にか読者も聴衆になっています。

純朴な家族愛と芯の強さにグサリとくるましろのおと

才を持つ弟を妬まずに温かく見守る若菜。彼は弟と祖父の一番の理解者です。

その若菜と雪を後継の奏者でなく、あくまで孫として育ててきた松吾郎の深い愛情が印象的。
母は出稼ぎで不在&実父も絶縁状態の澤村兄弟を守ってきた、雪と若菜にとって絶対的な存在です。

回想のみでの登場でも三味線を押しつけることなく、孫の成長と幸せを願う姿に心打たれました。

父親がなく、生きるために三味線を弾きた松吾郎が師匠という背景が、澤村兄弟を芯の通った奏者に成長させたのかもしれません。

ましろのおとは多様性を含んだ作品

少女誌を拠点にする羅川氏が少年誌に活躍の場を広げた、1作目のましろのおと。

同氏は、家族愛を題材にした出世作のほか、マイノリティーの生きづらさを描いた物語、スポーツモノと、多彩な作風。
それらのテーマが本作にも生きています。

演奏部分はスポーツ漫画で培った躍動感が表現され、片田舎で肩を寄せ合っていた祖父と孫たちの絆に家族愛がありました。
そこに、松吾郎の人生や澤村兄弟の生い立ちなどセンシティブな背景が加わり、物語性が深まります。

サクセスストーリーに雑音になりがちな恋愛要素も、少女誌で活躍した作者らしく話への組み入れが巧み。
多様なテイストが溶けあい、ドラマを散らかさず描き切った構成力と表現力が、ましろのおとの作品力を支えています。

良質で誰もが胸躍るコンテンツだからこそ、未読の方は是非手に取って欲しいですね。

[*1]同芸術祭の第16回開催時に受賞