『血の轍』

『血の轍』

「このマンガがすごい!」2018年ランキングにおいて、オトコ編で第9位にランクインした押見修造の話題作

『血の轍』

「惡の華」をはじめ随所にみられる諧謔が作者の得意とするところである。本作品ではまるで階段を降りる時のように読者は暗い地下室の一室へ誘われる。 地下室では数々の花と儚い純愛が辺り一面に広がっているのだが、やはり地下室だからなのだろう。どことなく締め付けられる。理想を掲げて生きている人なら誰でもその窓に花瓶を活けるに違いない。主人公の静一の心はどこへ向かったらいいのだろう。本作を読み進めていくうちに静一の内面に共感する人もいるだろう。

 

作者渾身の話題作

『ビッグコミックスペリオール』にて、2017年6号から連載中の「血の轍」。作者は「惡の華」をはじめ、「漂流ネットカフェ」や「ハピネス」「ぼくは麻理のなか」といった代表作を持つ押見修造。

「惡の華」では現代社会において青少年の陥る絶望と純愛というテーマを仕上げたが、これから紹介する「血の轍」ではフィールドを変え新たな闇が描かれる。2017年6月から連載している今作は編集部も一押しの期待作だ。作者自身も「これを描いたら引退してもいい」とインタビューに答えるなど、この作品に込める熱い想いが伝わってくる。

ごくありふれた日常に潜む影


ストーリーのはじまりは、主人公「静一」の母親である静子が猫の死骸を見て悦に入るシーンから。

ショッキングなシーン描写で読者の目を引き釘づけにすることで一層、独特の世界観に受け手を誘う。

全編を通し過保護な母親と普通の父親との間に生まれた主人公「静一」が見せる、思春期特有の不安定さが描かれている。

普段通り日常を送っていた静一がある日、親戚と両親とともにハイキングに行くことに。

そこで親戚の息子と親しく接していた静子が態度を一変、唐突に彼を崖から突き落としてしまう。その現場を見ていた静一は衝撃を受ける。

静子はすぐに他の大人を呼んでくるように絶叫したあげく、豹変----。この際の場面の表現一部始終が何とも絶妙で唖然とさせられた。コマ割りも適切で重厚感がにじみ出ており、読者としてもそのただならぬ空気を即時に理解できる。

毒親が描かれる一方で、メインヒロインがいよいよ登場

静一はその後も静子に振り回され続ける。しかし静一が通う学校では、彼を想う同じクラスの吹石がラブレターを送って告白するのだった。

静一に純粋に想いを寄せている彼女は、とある経緯で主人公宅に来ることに。そこで静子と鉢合わせてしまい、事件が起こってしまう。静子は吹石からのラブレターをそのまま破り捨ててしまったのだ。

そのビリビリと思いを粉砕しようとする様子は、涙を浮かべ愛情たっぷりの表情を見せつつであるがゆえに容赦がなさが増幅して感じられる。

繰り返される異常、段々と病んでいく静一、その先にまた...

静一は度重なる母親の異常行動と過保護な愛とのギャップに精神のバランスを崩し、吃音を起こすように。

ついには主人公の少年が友人との言い合いで教壇に穴を開け、学校から親に連絡すると言われてしまう。

ここで不安で満ちた静一を心配して後を追ってきたのが、吹石だった。

彼女からのラブレターに対し「嬉しい」という返事を伝えることで、主人公はついに想いを告白。無事に付き合うことになり一緒に下校するようになった。

二人がある日いつものベンチで話し込んでいると、そこに静子が現れる—。

既存の漫画にはなかった世界観

静子の登場のシーンも闇からの使者のような筆遣いで圧巻。全体を通して静子の歪んだ愛が描かれていますが、度重なる唐突な言動に読者も驚かされっぱなしです。

前作の「惡の華」でも予想外の陰鬱展開が起こりましたが、今回の作品でも作者は大胆で期待を裏切りません。作者が見せる、前作以上の表現力には感心させられます。

モブキャラが見せるキャラ立ちに注目

特に注目なのは各キャラクターが帯びる現実性。どれもリアルに迫ってくるものがあり、こんな人いそうだなと連想できてしまうほど、現実感に溢れています。

静一が通うクラスメイト達の顔。ハイキングに行くことになる親戚達。登場人物は多くはありませんが、何気ないキャラクターにまで印象深さを与える今作は見ていて飽きません。

またそうした脇役のセリフにも焦点が当てられています。いわゆる方言で、この田舎っぽさが何とも言えません。親近感とリアリティが巧みに演出されています。

タイトルにはどんな意味が込められているのだろうか?

何より目を引くのが表紙とタイトルでしょう。表紙は写実感あるレタッチで描かれており、作者曰く写真から起こしているそうです。女性特有のふくよかさや奥ゆかしさが見事に再現されており、思わず目を奪われます。

最後にタイトルにつけられた「轍」について様々なところで憶測が飛び交っているようですが、轍とは元々、車が通った後にできる痕のことで、そこから転じて先例を指します。この作品に作者が込めた想いを考えると、「遺伝的な爪痕」という意味合いが浮かんでくる読者の方々も少なくないのではないでしょうか。