日々の食事と生活を描いた漫画『きのう何食べた?』

日々の食事と生活を描いた漫画『きのう何食べた?』

ありふれた毎日が愛おしくなる

日々の食事と生活を描いた漫画『きのう何食べた?』

同棲しているゲイカップルのシロさんこと筧史朗とケンジこと矢吹健二。彼らが食べるその日の献立を中心に、周囲の人たちとの人間関係を料理を通して描いた漫画です。

 

シロさんとケンジのカップル

同棲し10年を越える付き合いのシロさんとケンジのカップル。読者からみればどちらも整った容姿をしているように見えますし、イケメン弁護士とおしゃれな美容師ですから異性からは好かれると思いますが、ゲイ受けがいいタイプではなく、あまりモテません。2人の出会いも、ゲイバーで皆にスルーされていたシロさんの容姿をケンジが褒めてくれたことでした。

しかし性格はかなり対照的で、几帳面で倹約家、悪く言えば神経質なシロさんと、おおらかとずぼらの間にいるようなケンジ。

そんな2人が若い頃のように情熱的な恋をするような年ではなく、それでも温かい情で繋がるような関係を、相手が同性異性は別として不惑を迎えた頃に築くことが出来たらいいな、と読者に思わせる力があります。

また連載開始の頃は細かいことで怒ったり些細なことで嫉妬したりしていた2人の関係が、連載が進むにつれて少しづつ穏やかなものになっていくのは読んでいてなんとなく嬉しくなってしまいます。

その他の登場人物

シロさんやケンジの両親、職場の人々、友達と、話を重ねるごとに広がっていく人間関係もこの作品の魅力です。両親という身近で付き合いの長い相手から、弁護士の仕事での依頼人や美容師としてのお客さんなど関係が薄い人まで様々な人が登場します。

その中でも人気キャラクターといえるのは小日向太策こと小日向さんと井上航ことジルベールのカップルでしょう。シロさんたちがあまりモテないと話しましたが、逆にモテる人をあげろと言われれば小日向さんになります。

そんな彼は、年下で「風と木の歌」という少女漫画に出てくる美少年ジルベールに似た恋人の航に振り回されています。しかし、本物の航は無精髭が生えた割かし地味な青年という、端から見たら恋は盲目過ぎるカップルです。わがままなジルベールに振り回される小日向さんですが、読んでいると楽しんでいるようにしか見えず、ある意味お似合いのカップルと言えるでしょう。

話の中で他の登場人物が料理をする時もあり、その時のレシピは普段と違って楽しめるだけでなく、その人の個性が出てどんな人間か伝わるのも面白いポイントです。

飾らず実際に作ることも出来るレシピ

この作品に出てくるレシピは基本的には派手ではありません。作中でも「全体的に茶色い」とか言われています。

時々例外はありますが、基本は日々の食事を中心に描かれており、白だしやめんつゆなども結構使います。絵としては地味な部分がありますが、このレシピは実際に作りやすく家庭で食べるのにちょうど良いんです。実際テレビ番組で「レシピ本として使える漫画」として紹介されたり、実写化にともないレシピ本も発売されています。

シロさんの、見た目は残念でも味のバランスを考え、油も使いすぎないように配慮された献立は読むだけで本当に参考になります。

主人公のシロさんが日々のご飯を作る回が多いのですが、他にも主婦歴が長く料理上手なシロさんの友達の佳世子さんが作る「おもてなしレシピ」や、自由人ジルベールによる「恋人が買った高級食材を使った適当レシピ」など様々です。

簡単で今すぐ作れそうなものから、少し大変そうだけどチャレンジしてみたくなるものまで、気になるものがあったら是非チャレンジしてみてください。私のオススメは生のリンゴをどーんとのせて、果物のしゃきしゃき感が楽しめるリンゴのマフィンです。

個人的にはおかずは少し味が濃いときがあると思うので、実際に作るときは好みに合わせて調整しながらやって見るといいと思います。

作中時間が実際の時間の共に経過する

この作品は連載開始から10年ほど経過していますが、作中の時間も同じように進んでいます。季節のイベントはそのイベントが起きる月の雑誌に掲載され、誕生日を迎えればその分1つ年をとります。連載開始の頃はかなり若く見えるイケメンだったシロさんですが、最新刊ではシワも目立つようになりました。

またケンジも途中で髪が薄くなり始めたのを気にして、金色に染めて短く切ったりと、かなりイメチェンしてしまいました。

もちろん、見た目だけでなく最初はケンジに怒るときにかなりキツい物言いをすることもあったシロさんが徐々に柔らかくなっていったり、息子が同姓愛者であることをうまく受け止めれなかったシロさんの両親の態度が変わっていったりと、内面も変わっていきます。

中には初登場時は独身だった女性が結婚し子供が生まれ、もう小学生、なんてこともあるんです。

そんな現実とリンクする時間の経過は、読者にとって登場人物を本当の知り合いのような気持ちにさせ、リアリティを感じると共に彼らの変化を温かく見守り時に励まされるのだと思います。

登場人物たちの抱える様々な事情と日常

主人公のシロさんは同性愛者であり、その事を周りに知られるのにかなり抵抗があります。そんな彼の日常は、両親との距離感で悩んでいる時にケンジと喧嘩してしまったりと、ありふれているけど本人にとっては悩ましいトラブルが当たり前ですが起きます。

この作品の中で登場人物の身に起きる問題は両親が病気になったり、パートナーの浮気問題だったり、子供の配偶者との関係で悩んだりといったとても現実的なものです。

そんな誰にでも起きるような問題だからこそ、完全な解決がすぐに出来るようなことはなく、上手くいったりいかなかったりを繰り返しながら少しずつ変化していきます。その手探りの解決とゆっくりとした変化、そしてそんな中でも普段通り変わらない部分がこの作品の魅力です。

嫌なことがあった日も良いことがあった日も、しないといけない毎日の食事。それをベースとして人生の悩みを独特のさらりとした雰囲気で重さを感じさせずに描けるのは、実写化された作品も数多くある作者の力量でしょう。

※以下の記事では、よしながふみさんの20年以上前の名作をご紹介しています。

関連エントリー
「愛すること」を恐れてしまった大人のためのおとぎ話『彼は花園で夢を見る』

誰かを愛した先に訪れる別れは、どれだけの経験を経ても悲しいもの。 大人になるほどに多くの出会いを経験し、それに比例して別れの悲しみに触れる機会も増えていきます。つらい別れを繰り返すうちに、やがて愛することに臆病になってしまう人もいるのではないでしょうか。 「彼は花園で夢を見る」は、石造りの城に住まう男爵や砂漠からやってきた旅の楽師が登場する、おとぎ話のような物語。どこか寂しげな眼差しをした男爵と旅の楽師が出会い、様々な「愛」と「別れ」に向き合っていきます。